ハイエース買取専門店 ボロボロエース カウカウ

ハイエース所有者Aさん
20年落ちのハイエース。さすがにだれも買わないだろうな・・・もう廃車?するしかないよな・・・
ハイエース所有者Bさん
仕事で乗りつぶした走行30万kmのハイエース。ディーラーの下取りには「普通なら処分料が必要だけど、新車に乗り換えなら無料で引き取る」と言われた・・どうしようかな
ハイエース所有者Cさん
大きな凹み多数、サビでボロボロのハイエース。買取専門店に持っていったら、「修理費がかかりすぎるので、売り物にならない。1万円なら引き取ってあげてもいい」と言われた。
ハイエース所有者Dさん
古いハイエースは高く売れる事は知っているけど、あれこれ探すのは面倒だし、ネチネチした交渉をしたくない・・・・簡単に、あっさりと本当の値段を教えてくれる業者はないかな・・・

ウガンダのタクシー広場の写真。見渡す限りの車は実は全て日本から輸入された100系以前のハイエースバンです。

輸出業者による直接買取とは?

一般的なハイエースの流通

  • 一括査定業者
  • ディーラー・買取専門店
  • 業者オークション

などを経由するため、その都度、手数料・陸送費用などが必要になり、車の価値がどんどん下がる。

ボロボロエースカウカウの場合

最終目的地である、輸出業者にダイレクトに売却できる!

ハイエースの買取なら

  • 一般買取との差額は最大30万円。決して大袈裟ではありません。
  • 差額で奥様にサプライズ旅行をプレゼント!
  • 差額で、次の車のグレードをワンランクアップ!
  • 差額で・・・・etc…..とにかく使い道は無限大!
 
  • 一般買取によくある「希望額はいくらですか?」のようなネチネチした交渉一切無し!
  • 査定額は最初から限界額を提示。後から交渉したり、査定額を下げたりすることも一切無し!
  • 古いハイエースは、世界中で人気があり、とにかくハイエースが足りていません!
  • スピード最優先のため、電話であっさり概算査定、さらに写真ですぐに査定額が確定
  • 電話番号不要の査定フォームから、メールでの概算の査定も可能です!
  • 弊社の主要取引先の東アフリカでは、ハイエースが乗り合いのバスとなり、市民のライフラインとして大活躍しています。
  • 必要とする人に最短距離で届けたという爽快感は、一般買取では味わえませんね。

※全てのハイエースが輸出されるわけではありません。

買取事例

お客様の声

※ボロボロエースカウカウの旧名称:車両輸出代行センター

買取の流れ

※大阪北部近郊の場合は、郵送ではなく、実物の持ち込み・出張査定や車両のお引き取りも可能です。

※陸送は、最寄りの、輸出用ヤードまたは業者オークション会場までとなります。陸送業者が仮ナンバーを持参し、自走により回送して目的地まで運びます。

※ご成約から車両のお引き取りまでは、通常約一週間程度かかります。

お問合せ

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地域 (必須) 例:大阪府 吹田市

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グレード(バンの場合) (必須)選択してください

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型式(必須)

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年式(初年度登録)(必須) 例:H8年

走行距離 (必須) 例:約19万km

車検期限 (必須) 例:H28年9月

トランスミッション(必須)

スライドドアについて(必須)

荷室のタイヤハウスについて(必須)

車体色 (必須) 例:白

車の状態

その他

電話番号(任意です。メールが届かない場合等にのみ電話で連絡させていただきます。

電話による問い合わせも可能です。

車両輸出代行センター フリーダイヤル

「ハイエースの概算査定の件で」とお伝えください。

※しつこい後追い電話等は一切ございません。

代表自己紹介

公立高等学校の数学教師から脱サラ ⇒ 中古車輸出の世界へ

株式会社Direct Stock Japan 代表の山本剛(やまもとつよし)と申します。
 学生時代、オーストラリアでの1年間の生活を通して、日本車の海外での信頼のすごさとその需要をしりました。
 卒業後、青年海外協力隊員として、発展途上国(ドミニカ共和国・数学教師)で2年間ボランティア活動に参加しました。やはりそこも、路上は日本車で埋め尽くされていました。帰国後、7年間高校教師として充実した教師生活を送りましたが、どうしても途上国への思いと「日本の車はまだまだいける!」という思いが捨てきれず、脱サラし中古車の輸出業を立ち上げました。日本の”もったいない”という精神と途上国の人々をつなぐ橋渡し役として、これから日々精進していきたいと思います。